桑員会場の概要 1

日時 平成13年11月17日(土)午後1時30分〜4時30分
於 北勢町町民会館


第1部 基調講演「市町村合併を考える」
《講演のポイント──昇 秀樹氏》
○ 経済的には、規模の合理性から、合併した方がよい。しかし、草の根民主主義という点では、合併しない方がよい。この2つが調和してはじめて、合併がうまくいくと思う。調和させるためには、合併された市に地区議会を置き、都市内分権を進めることだ。つまり、地区で決められることは、地区で決めようと言うことである。もちろん、地区議会の議員はボランティアである。一方、介護保険など、リスク分散が必要な部分は合併した大きな市で行うべきである。私は、合併と都市内分権をセットで考えてはどうかと提案している。
○ スウェーデンのストックホルムは70万人の人口だが、地区議会が20くらい置かれており、市の予算の7割は地区議会に割り当てられる。市役所本体の予算は3割程度である。日本にも都市内分権の事例はあるが、都市計画などに限られている。神戸市や宝塚市では、まちづくり協議会で都市計画を進めている。
○ 市町村合併の議論の背景は大きく3つある。1つ目は、住民の活動範囲との関係である。明治の大合併の時は徒歩で、昭和の大合併の時は自転車で、役場に行けることを想定していた。平成の合併では車ということになる。交通通信手段の発達によって日常生活圏が大きくなる一方、役場は、住民に対してサービスを提供する装置として捉えることができるから、主権者でありスポンサーである住民の活動が広がったのなら、装置の提供範囲も拡大すべきという考えである。
○ 2つ目は、市町村の担当している仕事との関係である。昭和の大合併が行われた一番の要因は、中学校を市町村で担当するためである。50人学級で、科目数に合わせた9クラス、合計450人の中学生がいることが効率的である。ここから逆算し、市町村の人口規模は7〜8,000人に合併することが必要であった。
現在で言うなら介護保険であり、介護保険は市町村が保険者となるが、7,000人では保険のリスク分散が十分機能しない。5〜10万人の支持人口がなければならない。特別養護老人ホームも、100床が基準であり、これには人口が5万人以上いないと満たされない。最低でも数万人の規模がないと、安定的・継続的なサービス提供は難しい。
それ以外にも、能力の問題ではなく単純に規模の問題で、都市計画、男女共同参画、NPO支援などに対する専門職員や専任委員を今のところ置くことができない。
半世紀が過ぎ、地方分権一括法という形で地方分権改革が行われ、様々な仕事が国、県から市町村に降りてきている。より安いコストでよりよいサービスを提供するためには、保険・医療・福祉の観点から言うと数万人、都市計画の観点から言うと10〜20万人というレベルが求められる。
○ 3つ目は、非常に大きな理由として、政府が抱える借金の問題である。国債、地方債の666兆円を返済するためには、単純に消費税を10%に上げたとしても、元金だけで66年以上、利子を入れるとおそらく100年かかる計算になる。市町村運営コストにかかる84%は規模で決まるという研究がある。84%のコストを占める市町村合併の問題は避けて通れない。666兆円の赤字に対処するためには、増税か行政改革、2つの選択肢のいずれかを選択しなければならない。市町村合併が行政改革の最たるものであり、今こうして、議論がなされている。地域のきめ細かな声を聴きにくいというデメリットを緩和するために、都市内分権、地区議会というような知恵を出していくべきである。


《講演のポイント──樹神 成氏》
○ 最初に、効率性ということについて言えば3つあり、@規模の効率性、A投入と産出の比としての効率性、つまり、「最小の経費で最大の効果」という場合の効率と、その他に、B選好に対する資源配分の効率性という考え方がある。
住民が望みもしないものを効率的にやっても、あるいは規模の利益で追求しても、それは社会的に見れば結局は無駄である。大きければ大きいほど、住民の選好と資源配分が乖離する可能性が高くなりがちであり、ある地域の選好要求が無視されるということが当然起きてくる。規模を追求することは、必ずしも効率と比例的にイコールではない。少なくとも、規模を追求することで得られる経済性と、規模を大きくすることで失われる経済的な意味での効率性というものが共にある。つまり、狭い単位では実現されていた住民の選好が、広い単位では無視され、狭い地域で充足されていた便益なりサービスが失われることからみると、その人たちにとってはマイナスである。
○ 2点目に、市町村合併の論議がなされるとき、あまりにも規模の利益を優先しすぎではないか。これまでそうしてきたように、これからも規模を追い求めて、どんどん市域を拡大していくのだろうか。地方自治とは、理念的に言ってそういうことなのだろうかと疑問に感じる。例えば、フランス、イタリア、スペインなどは、永年合併をせずに来ている。確かに、アジアの市町村はさらに広く、スウェーデンやイギリスの市域は比較的広い。しかし、フランス、イタリア、スペインは1,000人、2,000人規模のまちがたくさんあるが、生活圏が広域化しようが昔のままである。これからも住民活動エリアが広がることに対し、規模を大きくすることで対応していて、果たして地方自治が根付くのだろうか。
地方自治を考えた場合に、規模の利益を追求することが不必要とは言わないが、社会条件の変化に応じて規模を大きくすることが合理的だという発想は、地方自治の観点から見ると、何か欠けていると思う。確かに広域化すべき問題もあり、介護保険など、リスク分散が必要というなら、県がやってもいいことではないか。
○ 3点目に、現在進められている市町村合併の流れの中で、規模の利益以外の問題をどこまで考えられるか。今進められている合併は、財政構造改革の一環として強く出てきている。焦点は地方交付税であろう。スケールメリットによって、将来的には地方交付税の減額が一番意識されている。しかし、歳出を抑制しうるしくみをいかにつくるかが問題である。それとセットで、税源配分がきちんと変わればいいが、一番問題なのは、変わらない可能性があることだ。平成17年という期限付きで、冷静な判断ができない状況になっており、これも問題である。




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